3月-虚弱通信

風邪を引きたくねえって話を先月書いたが、直後、インフルエンザを発症し高熱を出した。帰省先で。年末にコロナを発症して帰省できなかった代わりということでわざわざ休みを取って帰省していたタイミングで。

 

まず子供が高熱を出し、病院でインフルエンザと診断され、コロナでなくてひとまず安心したもののその翌日私もみるみるうちに体調が悪くなった。実家にいた高齢者含む4人の大人の中でただ私だけが。微熱が出た時点で検査に行き薬(吸入の方)をもらったので軽症で済むだろうと思っていたら全然そんなことはなかった。その後39.6度まで発熱して下がるまで丸二日かかった。予防接種を打っていたにも関わらず。私は休みを延長せざるを得ず、夫を先に帰し、子供と私だけが実家に1週間残った。思いがけずここ数年で一番長い帰省となった。

年末のコロナ騒動の時も家族3人中私だけが発症した。最も外界と接触がないはずの(毎日在宅勤務)私だけが。自分の低すぎる免疫力が憎い。蟻レベルなのか?いや蟻は風邪とか引かないんじゃないか?

 

去年末にコロナ発症して1月いっぱいは調子が悪かったので、2月から復調していたとして、健康維持期間が1ヶ月と10日くらい。大体去年もそれぐらいのスパンで体調を崩していた気がする。

なんとかこの期間を更新していきたい。まずは2ヶ月健康でいたい。

インフルエンザから回復したのがちょうど1ヶ月前くらいだ。気を引き締めていかなければ。子が鼻水を垂らしはじめたので早速嫌な予感がするが……鼻水を拭かされたら必ず手を洗うこと。食べ残し・飲み残しを絶対口にしないこと。以上。

口笛を聞いても振り向くな、と20年前の自分が言ったので

最近ダイエットと健康維持のために散歩をしている。始業前に家から20分ほど適当に歩いて折り返してくる。

 

きのうもそろそろ折り返すかというところで、別の道から合流した男性2人組が私の前を歩きはじめた。

追い越すかどうか迷うくらいの微妙なスピードだったが、ダイエット目的で歩いている私としてはスピードを落とすよりは上げたいところ。

ということで、20代くらいに見える横並びの男性2人組の脇を、えいっとすり抜け追い越した。

 

次の瞬間、背後から「ピュウッ」と口笛が聞こえた。イヤホンをしてポッドキャストを聞いていたけど、確かに聞こえた。

「振り向いたらダメだ!」

即座にそう思った。

スピードをどんどん上げて私は男性たちから距離を取った。しばらく振り向かなかったので、距離が空いてきているはず、という推測しかできなかったが。

 

その時はほぼ直感で「振り向いたらダメ」と判断したのだが、しばらく歩いてから「ああ彼らは私の"顔"を確認したかったのだ」と思った。

こんなさびれた国道沿いで1人歩いている女を朝っぱらからナンパするなんてことはない。ただ、今自分を抜かしていった茶髪のロングのパーマの女が、どんな顔か見てやろうと思ったのだ。なんだブスか〜、おばさんか〜、とお仲間と笑い合うところまで想像(妄想)できた。

もちろん私とは全く関係ない文脈で口笛を吹いた可能性だってあるが……あの慣れた感じの短い口笛が耳に残る。

 

中学生の時、田舎の駅前で田舎のヤンキーに前に回り込まれ「ないわ笑」と言われた記憶が蘇る。今回のように口笛やら声やらで気を引かれて振り向かされたこともあった。

 

おそらくこの経験のせいで、瞬時に「振り向いたらダメ」と思ったのだ。この経験がなかったら、口笛が自分に向けられていると考えもしなかったかもしれない。実際のところは私の考えている通りかどうかもわからないけど、20年前の自分が「決して振り向くな!」と言ったのだから仕方ない。

 

「残念、アラサーも過ぎたパンパンの顔のおばさんだよ」とおどけて余裕ぶりたい気持ちと、「絶対許さない、お前らにジャッジされてたまるか」という怒りが、しばらく頭の中をいったりきたりしていた。

いつのまにか怒りは中学時代のヤンキーたちにも向いていた。当時の自分はただただ恥ずかしくて悲しいだけだったな、と思い出す。怒ってもいいじゃないか。お前(私)はすごくかわいいんだから怒ってもいいんだよ。代わりに今怒ってあげようね!滅!!!

 

そろそろ折り返そうと思っていたはずなのにその日は随分遠くまで歩いてしまった。

イヤホンから流れるポッドキャストではジェーン・スー氏が「自分の中でいつまでも泣いてる小さな女の子(自分)を私たちはどうしたらいいんだろうね」というようなことを言っていた。

 

怒っても別に当時の自分はいなくはならない。ただ同じ思いをする女の子がいなくなればいいな、と思うのでこの怒りを表明しておこうと思う。国際女性デーだし。

女がジャッジされる側の性ではなくなったとき、口笛を聞いただけで「振り向くな!!」と叫ぶ中学生の自分はいなくなるのかもしれない。

2月

おおよそひと月に一度のペースで風邪を引く私だが2月はなんとか持ち堪えることができた。

年末のコロナ感染に始まり1月いっぱいずっと体調が悪かったので、2月は絶対に風邪を引くものかと頻繁にイソジンでうがいをしたり高いマヌカハニーをぺろぺろ舐めたりしていのが功を奏したのかもしれない。

しかし1ヶ月健康を維持できた安心感でいっぱいな今こそ危ない気がする。体が油断している。

 

既に花粉症で鼻水がすごい。喉まで流れた鼻水がきっかけで炎症を起こし、結果的に風邪を引く未来が鮮明に見える。

そんな状況なのに医者には行き渋っており今はなんとか家にある薬で花粉症を凌いでいる。何せひと月に一度風邪を引く女なので様々なバリエーションの薬が我が家には揃っている。

「アレルギー」と油性ペンで雑に書いた袋から適当に選んで薬を飲む。ろくに調べもせず飲んだそれがめちゃくちゃ眠気が強く出るタイプでしばらく使い物にならなかったが。

 

それでもギリ健康な今の状態を絶対に維持したいので、2ヶ月で空っぽになってしまったマヌカハニーをリピート買いし(なくなるスピードを踏まえるとちょっと高級な化粧水くらいのコスト感)

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プロテイン胃もたれするならアミノ酸を取ればいいじゃない……ということでアミノバイタルも買ってみた。

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ハイチオールCも命の母ホワイトも切らさず常備しているし毎日トマトジュースも飲んでいる。健康に生きたいだけなのに金がかかって仕方ない。

 

ただ、コレが効くかもアレで元気になれるかもと色々と考えて試してみるのはなかなか楽しい。健康食品やサプリメントにハマり人に勧めまくりしばらくするとまた違うものにハマっているおばさんになる気がする、なりかけている。結果的に健康であればそれでいいのだが。

子どもはとっくに4歳になっている

どちらかというともう5歳の誕生日の方が近くなってしまった。

 

相変わらず鉄道が好きだが、最近は宇宙にも興味を持ち出した。

視覚優位(視覚から情報をインプットするのが得意)の特性を活かそうということで夫がなんとなく風呂に学習系のポスターを貼ったら、太陽系に興味を持っていつの間にかしっかり太陽から近い順に惑星を覚えていた。

水星、金星、地球、火星、木星土星天王星海王星

子によると水星は太陽から近いから”あつ惑星”、海王星は太陽から遠いから”さむ惑星”らしい。

「金星は地球とおなじ大きさなんだよ」とも言っていた。

「金星は地球より少しだけ小さいみたいだよ」と伝えると、

「違うよ!だって、”ほぼ同じ”って書いてたよ!」と、怒って受け入れてくれなかった。(ほぼ、という言葉に初めて出会ったのかもしれない)

こういう時は少し時間が経つと情報が素直にインプットされて修正された形で出てくるので、それを待つ。この間も「1/3」を「いちぶんのさん」と読んでしばらく譲らなかったのだが、数日経つとしっかり「さんぶんのいち」と読んでいた。

子供の頃、大人に指摘された間違いをどうしても信じられなくて、自分ルールを無理に貫き通し後から間違いに気づいて赤面していた自分のことが思い出されて奇声を上げそうになる。私も人から何かを教わるのが苦手な子供だったということだ。

風呂に貼った日本地図を見せて、世界地図を見せて、太陽系の絵を見せて、「日本は世界の一部だよ」「地球は宇宙の一部だよ」となんとか説明しようとするが、今は子供独自のルールで世界の成り立ちを理解しているためかまだ全ては受け入れられないようだ。

それでいいと思う時もあるし、修正したくなる時もある。指摘したいことを口に出すのか出さないのか、最近の我が家の子育てでは毎日ほぼそれだけが問題な気もしてきている。

子の頭の中にある独自のルールや理屈をもっと理解したいし、言葉にして教えてほしいけれど、大人の私は知ってしまうと直したくなってしまうだろう。今は言葉で表現できないもの、世の中の理屈に則していないものたちが子の頭の中でグルグル渦巻いているのだと思うとそれも尊いものに感じる。

 

先週くらいの夜のこと、暗くした部屋の中でもう寝ただろうと思っていた子から唐突に話しかけられた。

「ねえ!……にせんにじゅうじゅうねん、はないよね?」

「……そうだね。にせんさんじゅうねん、かな。」

「ねえ……にせんにじゅうきゅうねんの、つぎ?」

「そうだよ。2029年の次が2030年。」

「……そうだよねえ。」

疑問が解消してスッキリしたのか、知っていた風に返事をした子は1分も経たないうちに寝息を立てていた。

年明けに受けた発達検査とその診断で、子の発達指数はいわゆる境界域にあり、小学校の勉強について行くのが難しいかもしれない、と医師が言っていた。

私はこの子がすごく賢いと思っていたのに、なんて思ってしまっていたけれど、私はこの子がすごく賢いと思ったままでいいのだと、この会話の後に理解できた気がした。

4月

書けなかった3月のことも何か書こうと思ったが気を失っていたのか何も思い出せない。

 

子が療育に通い始めた

4月から子が療育に通い始めた。これまでも有料の発達支援(バリ高い)を受けていたのだが、いわゆる福祉の範囲に入る療育のクラスに4月から空きがでたので通えることになった。

当初は電車とバスを乗り継いで片道1時間弱、みたいなところを斡旋されたのだけど、なんとか最寄り駅から電車を使って10分ほどの教室に決まって安心した。半年前、発達グレーと診断を受け療育に通ってくださいと言われ、そこらじゅうの教室に電話し、一年かそれ以上待つかもと言われて絶望しながら一応待機登録をしていた自分を褒めたい。

1回1時間、週に2回、週末のパーソナル支援の方もまだ辞めていないので全部で週に3回……フレックス&在宅勤務のおかげでフルタイム勤務を継続できているが、まだなかなかリズムを掴めず疲れが溜まりがちだ。同じような境遇で仕事を諦めている人(特に母親)がたくさんいるのだろうなと考えると切ない。私も場合によっては今後仕事を諦めることもあり得るだろう。一方で子は保育園よりも療育が好きなようで嬉々として教室に向かうのでその様子には救われている。

 

髪を緑にした

およそ一年前に髪をピンクにした時のブリーチがまだ毛先に残っていて、美容院に行くたびに違う色に染めてもらっている。今回は緑にしてみた。気持ち沈ませてる場合じゃねえってときは髪を染めるのが手っ取り早い。自分の体を自由に飾れる喜びをこの年になって噛み締めている。

 

GWの白浜旅行

今年のGW前半は私の実家と夫の実家の家族みんなで集まりたいという要望に応え、3歳児2名を含めた総勢11名での一泊二日の旅行をコーディネートするなどした。

元々はアドベンチャーワールドでパンダを見たいというリクエストから今回の旅行が企画されたわけだが、GWで混み合うアドベンチャーワールドを3歳〜70代で構成された11人でどう周るのかが一番の心配事だった。

しかし私はアドベンチャーワールドの懐の広さを甘く見ていた。ショーが充実していて広いサファリもあり、小さい子供が乗れるちょっとしたアトラクションも、じじばばが休憩していられるようなだだっ広い公園のような場所もある。とにかく敷地が広い。元々の目的であったパンダを見るというミッションもなんなくクリアでき、その後も流れるように、しかし余裕を持って夕方まで過ごすことができた。

この旅行がどうなるか不安でたまらなかったので欠席も途中退場もなく無事終えられて心底安心した。みんな満足した顔で帰路につくことができたのは完全にアドベンチャーワールドのおかげ。修学旅行の引率の先生って想像以上に大変だったろうなと思った。

 

文学フリマに出すエッセイを書いた

大学の友人がエッセイの同人誌を作り文学フリマというイベントに出店するということで、ありがたいことに声をかけてもらい私も少し書かせてもらうことになった。

決められたテーマに沿って文章を書くというのが初めての経験だったのでかなり苦しんだ部分もあるが、嫌な苦しさではなかった。二週間ほど夢中になって毎日あれこれ考えていた。自分は文章を書くのが好きなんだなと気付かせてもらえた。

あと友人はいわゆる編集という役割で私の文章を添削したり新たな提案をしてくれたりしたのだけど、物書きでもないいち会社員にこんな経験をさせてもらえて、しかも自分一人では書けなかったクオリティのものを一緒に仕上げてくれて、感謝してもし足りない。

まだ完全に作業が終わったわけではないのだけど3〜4月のこの出来事は最近の自分にとってはすごく大きなものだった。子供関連でも仕事関連でもないことに情熱を注いで作業できたのがなにより嬉しかった。5月の文学フリマ、本になって並ぶところを見るのも他の方々の寄稿を読むのもすごく楽しみだ。

 

35歳になった

4月の誕生日で35歳になった。もはやアラサーではない。

少し前まで自分は若者の部類に入ると思っていたのにいきなり自己認識が”おばさん”になったのを感じる。嫌だな〜さすがに焦る、とか言っていたのに、いざ35になってみるともう正真正銘のおばさんだわと少し開き直れた感じがする。

仕事で全然ベテランじゃなくても、しっかりした大人じゃなくても、やりたいことが特になくても別にいいのかも。”良いおばさん”になれればそれで。日焼け対策と保湿だけがんばろう。

 

”チェリまほTHE MOVIE”見た

ドラマ「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」が大好きだったので待ち望んでいた映画化だった。まずは安達、黒沢、おかえり……最高の誕生日プレゼントだよ……

cherimaho-movie.com

ドラマがとても丁寧で誠実に作られていると感じていたからこそ(私は当事者ではないので外野からの見え方でしかないけど)、「映画では同性婚が法的に認められない社会への葛藤を描くのでは?2人のその後というストーリーならばそれは避けられないのでは?」と個人的に思ってしまっていて、結果的に今回そこには言及がなかったことに少ししょんぼりしてしまった。

ただ、「チェリまほならできるよ!」と期待を寄せてしまっていたのも私の勝手な押し付けであって、物語の主題ではないこと(社会的な問題への言及)を同性愛を描く物語にだけ求めるのは違うかとも思った。幸せになる努力をしている2人、周囲の人との関係性も諦めない2人を応援できてよかった。(社会に認められていないからこそ周囲には認めてもらおうとする主人公は見ていて切なかったが……)限られた時間内で主にそういう二人を描きながら、細かい描写のところどころにチェリまほ製作陣なりの真摯な姿勢が垣間見れたとは思う。

……というようなやりとりを鑑賞後に友人とできて嬉しかった。チェリまほファンの会社の先輩にも少しドキドキしながら同じような感想を言ってみたら、そちらでも顰蹙を買うようなことにはならなくて安心した。私も勇気出してコミュニケーションとってくよ、安達……!

2月

正月は遥か昔に感じるが、2月は半分意識を失ってでもいたのだろうかという感じ。

 

2度目、3度目の休園

2月のうちに2回も休園があり、すっかり自宅保育にも慣れた。

大変なことに変わりはないのだが心の持ちようのコツ、のようなものがわかってきた。朝食以外UberEatsでも全然気にならない。

年齢のせいか引きこもり生活が長引いたせいか体力の低下が著しく、”楽をする”ことのプライオリティが上がっているのだと思う。そうでないと週5日働けない。

 

働きながら育児ができるかどうかはその時もっている仕事の量と質によって左右されるわけだが、今ちょうどなんとかなるタイミングだった。

なんとかなってていいのか??という焦りもあるが、なんともならなくなったら詰む。

いつまた休園になるかわからない状態で、仕事のいろんなことに手を出すかどうかが悩ましい。母親にとって「成長」は贅沢品なのか……

 

ダーニングをやってみた

編み物の次はダーニングをやってみている。衣服に空いた穴や汚れを糸で繕うやつ。

野口光さんの本を買ったが、自分がどうやっても野口さんのようにカッコ良くはならない。大人が着ても貧乏くさくならない繕い、難しい……

お気に入りの服をアップサイクル。テキスタイルデザイナー野口光さんに聞く「ダーニング」の魅力|ホーム・キッチン&アート | 三越伊勢丹オンラインストア【公式】

ちょうど膝に穴が開いていたこどものズボンはかわいく仕上がったがもう既にサイズアウトしかけていて切ない。

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戦争が始まった

ロシアがウクライナに軍事侵攻をはじめた。

戦争がついにはじまってしまったという日、私は自分の給料に直結する目標面談を上司とする日だった。

いかに高い評価をもらえる目標にするか、見栄えの良い文章を作るか、そんな狭ーい世界の自分のことだけを考えていた。

これでいいのかなと頭をよぎるが面談の時にはそんなことも忘れてチャキチャキ喋っていて、自分の鈍感で浅はかなところが少し嫌になった。

 

 

今月見た映画

今月は4本も映画を見た。週1ペースで映画を見たの久しぶり。

ゴーストバスターズ/アフターライフ

事前に元祖を見ていたので様々な"元ネタ"が理解できてよかった。

ストレンジャーシングス的な、キッズたちの冒険!という感じが楽しい。ポールラッド好き〜

コーダ見た時も思ったけど子ども主人公のストーリーで大人がちゃんと大人として機能してると安心する。

 

ドライブ・マイ・カー

日本映画史上初のアカデミー賞作品賞ノミネート作品ということで、見とくか……という気持ちで見た。

前半、うーんめっちゃ村上春樹って感じ(知らんけど)……おセッ…の話が好きやね(知らんけど)……と思ってたんだが、ドライバー役の三浦透子さんが出てきてから一気に引き込まれた。

ファッションとか興味なさそうな(でもこだわりはありそうな)朴訥とした女、憧れる。(対極にいるので)

 

 

エスト・サイド・ストーリー

思わず帰り道にトゥーナーーーイトゥーナーーーイと口ずさみながら歩いてしまった。

コーダを見たあとだったので若干集中力が切れていて「これはハイローでは??」「いやむしハイローがウエストサイドストーリーなのか??」「もしかしてヅカ×ハイローは(宝塚でハイローやる予定なんです)ウエストサイドストーリーなのでは???」とかずっと考えてた。

 

コーダ あいのうた

2月見た中では1番好きかもしれない、たくさんの人に見てほしい……

主人公は聾唖の両親と兄と、田舎の漁師町で暮らす高校生。「CODA」は「Child of Deaf Adults」で実際によく使われる略語らしい。

合唱クラブの先生が主人公の才能に気づいて進学を勧めるんだけど、この先生がすごく良かった。

主人公に同情するわけでもなく対等に接して、でも守るべき対象である生徒なのでできることはやる。伝えるべきことは伝える。周りの子どもや若者にとってこういう振る舞いのできる大人でありたいな……所謂ヤングケアラーになってしまっている若者を真っ直ぐに引っ張り上げる第三者の大人がいるというのも希望だった。

ドライブマイカーでもそうだったけど、コーダで見た手話もすごく綺麗だった。主人公が歌いながら手話で歌詞を表現するシーンは美し過ぎて咽び泣いてしまった。(ひとつの言語に勝手に感じ入り過ぎかなとも思うけどそれまでの伏線もあるので)

他にも泣いたシーンがいくつもある映画だけど、泣けたとかそんなことより自分の世界の見方を変えてくれたという意味でとても大事な映画になった。映画を見る意味ってこういうことなんだよねと勝手に納得するなどしました。

1月

月ごとにあったことを書き残していこうかなと思い立って少し書いてみる。もう2月も3割過ぎようとしているがとりあえず1月の分。

 

スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホームを観た

これまでマーベルの作品を観てきた者へのご褒美のような映画だった。

ネタバレを絶対踏みたくない夫がろくにインターネットもできず神経をすり減らしていてかわいそうだったので、公開してすぐの週末に交代で観に行った。結果的に私も前情報をあまり入れないまま見ることができてよかった。

鑑賞中から溢れ出るエンタメそのものへの感謝……小さい頃から月に一度は映画館に連れて行ってくれていた親にも感謝の気持ちが湧いてきた。映画というものが比較的身近に感じられる環境で育ってきて本当によかった、スパイダーマンNWHを観て感動することができたから……

 

1月はあと「フリー・ガイ」を家で観たけどあれも疲労リセット系の楽しい映画だった。ディズニーは強い、全てを掌握している……

 

今年で35になる

やっと気分がアラサーになってきたところなのにな。

最近ハマっているポッドキャスト番組のOVER THE SUNでジェーン・スーさんが言っていた「年を取ると効果が実感できるのでスキンケアが楽しい(大意)」がだんだんわかってきた。

最近はメラノCCの大容量フェイスマスクを使ってて調子良い。安いし嬉しい。

lipscosme.com

 

去年途中で投げ出した編み物(靴下)を仕上げた

細かい作業が好きなのに飽きっぽいせいで編み物を始めては投げ出す、を毎年やっている。

去年片方編みあげ、もう片方の途中でやっぱり飽きて、棚で埃をかぶっていた編みかけの靴下をようやく手に取った。

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次は柄物を編んでみたいけどまた仕上がりは来年になりそうだな……

 

子のトイトレ終わりそう

「トイトレ全然終わらねえ、『トイレ!』といってもだいたい虚偽申告だし毎朝おやすみマンは破裂しそうだし」と去年末までは思っていたのに急にオムツに出さなくなった。まだ完全卒業とは言えないが。

3歳児検診のときに周りがオムツかパンツか気にするなどして若干焦っていたが(他所と比べるな)、そんなに焦る必要はなかったのだ。

まあ大体何でも「そんなに心配しなくてもよかったな」になるのだけどそれも結果論であり生存者バイアス……

あとは外出時含めていつオムツを卒業するか、試されているのは信じる気持ちの強さ。

 

ザ・ファブルを読んだ

漫画アプリで毎日更新される無料チケットを使ってザ・ファブルの第一部を全部読んでしまった。

Twitterの広告に釣られて読みに行ってしまう己が愚かで恥ずかしかったがそんなことはどうでもよくなる面白さだった。読めてよかった、ありがとうTwitterの広告。

何がそんなに面白いのかうまく伝えられないけどとにかくハマってしまって、毎日無料チケットが更新されるのが楽しみで仕方なかった。ヤクザが絡む犯罪の話と”最高傑作の男”というファンタジーのバランスが自分的にちょうどよかったのかもしれない。

the second contact(続編)はちゃんとお金出して買いました。プロとして─────。

 

宇多田ヒカルの新譜が出た

1月19日は宇多田ヒカル様のお誕生日。記念すべき39回目のその日にアルバム「BADモード」が先行配信された。

そのタイトルに勝手にちょっと心をザワつかせていたのだが、タイトルチューンである1曲目は軽快に歩き出したくなるようなイントロで始まる超ポップなラブ(広義)ソングだった。

宇多田ヒカルのごくプライベートなメッセージのように聞こえてドキドキするのに(私には同性の友人に向けた歌に聞こえる)、それでいて誰かが自分に、自分が誰かに、自分が自分に歌っているようにも思える。『絶好調でもBADモードでも好き度変わらない』って、決して絶好調じゃない私たち世界中のみんなに宇多田が歌ってくれてるのかもしれない。『今よりもいい状況を想像できない日も私がいるよ』って……。

 

宇多田の曲はいつでも彼女自身の本当のことを歌っていると勝手に思ってるけど、今回のアルバムは今までよりさらに個人的というか「生活の中で作った音楽」という感じがする。(タイアップ曲が大半だけどアルバム全体ではそういう印象になる。)ジャケットの写真は自宅だろうか……梱包材が入ったままの段ボールと花瓶に活けた花が同居していて、子どもが脇を駆け抜ける、そういう家の中で"生活"をしている部屋着の宇多田が届けてくれたアルバムなんだなと気づいて……10年ぶりくらいに物理のCDを手にすべく予約しました……